重要刀剣 無銘 延寿

商品名 重要刀剣 無銘 延寿
無銘 延寿 作者 延寿一門の作
時代 南北朝時代前期 伝来  
指定 昭和41年4月20日 鑑定書 重要刀剣
価格  
刃長 2尺3寸6分(71.5㎝) 反り 7分(2.1㎝)
元幅 1寸2厘(3.1㎝) 元重  
先幅 7分2厘(2.18㎝) 鋒長 1寸2分(3.6㎝)
茎長 6寸8分(20.6㎝) 茎反り 僅か
形状 鎬造、庵棟、反りやや高く、中鋒延びる。
小板目、葉より、柾係、肌立ちこころに地班交り、鎬寄り、白ける。
刃文 細直刃、匂口しまりごころに小沸つき、僅かにほつれる。
帽子 直ぐに先大丸。
彫物 表裏棒樋に丸止め。
大磨上、先切、鑢目勝手上がり、目釘穴二、中一つ埋、無銘。
説明 この刀は大磨上無銘で延寿と伝えられる。延寿一派は鎌倉末期に山城の来から分派したものである。この刀は鋒がやや延びており、刃文は直刃にほつれごころがあり、また鍛に柾ごころがあるなどから南北朝期の延寿一門の作と鑑せられる。地刃の出来はよい。

重要刀剣 備中国住次直作(短刀)

商品名 重要刀剣 備中国住次直作(短刀)
備中国住次直作 延文○年正月日 作者 備中国住次直作
時代 南北朝期前期 伝来  
指定 昭和48年3月1日 鑑定書 第21回重要刀剣
価格  
刃長 27.0㎝ 反り 僅か
元幅 2.3㎝ 元重  
先幅   鋒長  
茎長 9.5㎝ 茎反り 僅か
形状 平造、三ツ棟、身幅狭めに重ね薄く僅かに反りつく。
小板目肌杢交じり、肌たちごころに地沸つく。
刃文 中直刃調に僅かにのたれ、小足入り、小沸つき、金筋かかり、匂口冴える。
帽子 直ぐに小丸。
彫物 表裏とも刀樋。
生ぶ、先刃上り栗尻、鑢目大筋違、目釘穴一、指表、中央に長銘、同じく裏に年紀がある。
説明 延文年紀の青江の次直の作である。この時代の青江派には逆丁字の盛んに乱れた作もあるが、匂口の締まった直刃の作もある。
この短刀はその後者の典型的な作で、しかも出来が良い。

重要刀剣 国広

商品名 重要刀剣 国広
国広 作者 山城国 国広
時代 安土桃山時代 伝来 飫肥 伊東家伝来
指定 昭和59年10月18日 鑑定書 第31回重要刀剣
価格  
刃長 70.85㎝ 反り 1.0㎝
元幅 3.0㎝ 元重  
先幅 2.1㎝ 鋒長 4.2㎝
茎長 21.1㎝ 茎反り なし
形状 鎬造、庵棟、身幅尋常、反り浅く、中鋒延びる。
板目に杢目交じり、処々流れて肌立ち、地沸つき、地景いる。
刃文 浅い小のたれを主調に小互の目・尖りごころの刃など交じり、総じて焼巾狭く、処々足入り、沸よくつき、ほつれ、砂流し・金筋かかり、匂口沈みごころとなる。
帽子 さかんに掃きかけ火焔風となる。
彫物  
磨上、先切り、鑢目筋違、目釘穴二、指表元穴の下、棟寄りに二字銘がある。
説明 国広は、もと九州日向の飫肥の城主であった伊東家に仕えた武士で、同家が没落したのち、諸国を遍歴しつつ、鍛刀の技術を磨き、その間各地で作刀した。慶長4年以後は、京都一条堀川に定住し、多くのすぐれた子弟を育て、慶長19年に没したといわれる。彼の作風は概ね二様に大別され、堀川定住以前の作には末相州や末関のものが見られ、定住後は、それらのものと作風を異にして、相州上工に範をとったと思われるものが多い。この刀は、常に見る国広の作に比べ、華やかさがなく地味ではあるが、浅い小のたれを主調に小互の目・尖りごころの刃などを交え、沸よくつき、砂流し・金筋がかかるなど志津風を感じさせるものがある。定住後のいわゆる「堀川打」の作例であり、国広の一作風を示している。

重要刀剣 兼國

商品名 重要刀剣 兼國
兼國 作者 美濃国兼國
時代 室町時代応永頃 伝来  
指定 昭和42年2月10日 鑑定書 第15回重要刀剣
価格  
刃長 68.0㎝ 反り 1.8㎝
元幅 3.05㎝ 元重  
先幅 2.2㎝ 鋒長 4.2㎝
茎長 17.2㎝ 茎反り 僅か
形状 鎬造、庵棟、先反りつき、反り浅く、中鋒延びる。
板目肌流れごころとなり、地沸つき、白け映り立つ。
刃文 小のたれ、小互の目、尖り刃など交じり、葉入り、沸つき、匂口沈みごころとなる。
帽子 表小丸ごころ、掃きかける。裏乱れて先尖りごころに返る。
彫物  
生ぶ、先栗尻、鑢目、鷹の羽、目釘穴二、指表、棟寄りに二字銘がある。
説明 室町時代における美濃物は備前に次いで多く、前時代の志津、直江のほかに関、蜂屋、赤坂、清水などにも刀工が多く、末期には、関がその中心であった。この作は直江派の兼國の作であり、同名中時代も応永は下らないものと鑑られ、出来もよい。

重要刀剣 無銘 雲次

商品名 重要刀剣 無銘 雲次
無銘 雲次 作者 備前国 雲次
時代 鎌倉時代末期 伝来
指定 昭和60年10月30日 鑑定書 重要刀剣
価格
刃長 66.5㎝ 反り 2.5㎝
元幅 2.8㎝ 元重
先幅 2.0㎝ 鋒長 3.4㎝
茎長 16.1㎝ 茎反り 0.1㎝
形状 鎬造、庵棟、身幅やや広く、中反りごころ、中鋒。
板目やや肌立ち、地沸つき、地班交じり、乱れた映り立つ。
刃文 広直刃調に互の目・丁字・ぎゃく丁字ごころなど交じり、足・葉頻りに入り、砂流しかかり、匂口の締りごころに小沸つく。
帽子 直ぐに立ちごころとなり、先丸く返る。
彫物 表裏に棒樋を掻き通す。
大磨上、先深い栗尻、鑢目勝手下がり、目釘穴二、無銘。
説明 雲生・雲次・雲重らの刀工は備前国宇甘荘に在住し作刀したが、いずれも名前に「雲」の字を冠するところから雲類と呼称されている。彼らの作風は備前物中異色で、山城物(とりわけ来派)あるいは隣国の備中青江派の風情が見られる。雲次には正和四年・文保二年・建武二年の年紀が見られることから、その活躍期は鎌倉時代末期乃至南北朝期初頭であることが知られる。この刀は一見青江風もあるが、指で押したような暗部の目立つ映りが立ち、姿が大磨上乍らも輪反り風が窺われること、また帽子がいかにも丸い点などを考慮すれば雲次と鑑するのが妥当である。前田家に伝来した一口である。時代の外装である半太刀拵が付随する。

重要刀剣 備州長船祐定 永正6年2月日

商品名 重要刀剣 備州長船祐定 永正6年2月日
備州長船祐定 永正6年2月日 作者 永正祐定
時代 室町時代中期 伝来  
指定 昭和56年12月1日 鑑定書 重要刀剣
価格  
刃長 68.3㎝ 反り 2.7㎝
元幅 2.8㎝ 元重  
先幅 1.95㎝ 鋒長 3.0㎝
茎長 13.6㎝ 茎反り 殆どなし
形状 鎬造、庵棟、やや細身で反り深く、先反りつき、中鋒。
板目よく錬れ、地沸つき、地景入り、極く淡く乱れ映り立つ。
刃文 腰開きの互の目乱れに丁字を交え、総体にやや小模様に乱れ、足・葉入り、小沸つき、砂流し・金筋かかり、僅かに飛焼入る。
帽子 焼深く、乱れ込み先尖りごころに返る。
彫物 表に草の倶利伽羅、裏に八幡大菩薩の文字と梵字の陰刻。
生ぶ、先栗尻、鑢目勝手下がり、目釘穴一、指表棟寄りに長銘、裏に同じく年紀がある。
説明 永正6年紀のある祐定の刀である。この時代のものにしては細身で反りがたかくつき一見太刀姿に見えるが、先反りが強いところに時代を示しており、地は板目よく錬れて地沸がつき地景入り鉄が強く見え、刃は常よりも小模様で腰開きの互の目に丁字を交え小沸ずいている。俗名を冠してはいないが入念の作であり、表裏の彫物も逞しく上手である。

重要刀剣(葵紋)康継以南蛮鉄於武州江戸作之(江戸三代)

商品名 重要刀剣(葵紋)康継以南蛮鉄於武州江戸作之(江戸三代)
(葵紋)康継以南蛮鉄於武州江戸作之 作者 江戸三代康継
時代 江戸時代中期 伝来
指定 平成2年5月25日 鑑定書 重要刀剣
価格
刃長 71.4㎝ 反り 1.4㎝
元幅 3.05㎝ 元重
先幅 2.0㎝ 鋒長 3.2㎝
茎長 22.65㎝ 茎反り 殆どなし
形状 鎬造、庵棟、身幅広く 、元先の幅差つき、ソリューション浅く、中鋒つまる。
小板目肌よくつみ、処々杢交じり、地沸微塵に厚くつき、細かに地景入り、総じて黒味がある。
刃文 直に焼きだして、その上は小のたれに頭の丸い互の目連れて交じり、足よく入り、匂深く、沸よくつき、細かに砂流しかかる。
帽子 直ぐに小丸に深く返り、先掃きかける。
彫物
生ぶ、先入山形、鑢目勝手下がり、目釘穴一、指表鎺下やや棟寄りに葵紋をきり、その下同じくやや棟寄りに目釘穴から一字上げて、細鏨大振りの長銘がある。
説明 江戸三代康継は、二代康継の嫡子として生まれ、右馬助と称したと云う。父二代康継が没した時、彼は僅か17歳の若さであった。その為に、初代康継の三男四郎右衛門を以て、三代を相続させようという一派があって、家督相続の問題がおこったが、二代の実子右馬助を三代目とし、叔父四郎右衛門は越前家を相続することで決着し、ここに江戸と越前との両下坂家が分かれ、以後それぞれ定住奉公するに至った。江戸三代康継の作刀には寛文年紀のものがあるが、その没年は不明である。彼の作風は、初・二代康継の覇気に富んでやや荒々しい出来に比べ、おとなしく、通常は直刃を主調に浅くのたれをおびたものが、小のたれに互の目を交えたものとなり、いずれも小足が入り、匂深く、沸がよくつくものである。この刀は、小のたれに頭の丸い互の目を連れて交えた乱れ刃で、右の作風の後者の好例である。殊に、初・二代の康継に比して、鍛えがつまって綺麗であり、沸もむらなくよくつき、匂口はむしろ明るいなど、江戸三代康継の持ち味がよく示されている。また、本作は元を直ぐに焼出しているが、彼のこの手の作にはまま経眼するもので、これも初・二代の康継には見られない同工の特色といえよう。上品で穏やかな作域をあらわした同作中の優品である。

重要刀剣(葵紋)越前国住康継(初代)

商品名 重要刀剣 (葵紋)越前国住康継 (初代)
(葵紋)越前国住康継 作者 初代 康継
時代 江戸時代初期 伝来 越前国梅垣神社
指定 平成5年11月5日 鑑定書 重要刀剣
価格  
刃長 77.55㎝ 反り 2.1㎝
元幅 3.05㎝ 元重  
先幅 2.0㎝ 鋒長 3.9㎝
茎長 20.35㎝ 茎反り 極く僅か
形状 鎬造、庵棟、身幅広め、やや長寸、元先に幅差がつき、元に踏ん張りごころがあり、反りやや深くつき中鋒延びごころ。
板目に杢交じり、肌目立ち、地沸よくつき、地景入り、かね黒味をおびる。
刃文 直刃調浅く湾れ、小互の目連れて交じり、小足頻りに入り、沸よくつき、地景入り、処々荒目の沸交じりややむらとなり、ほつれ、砂流しかかり、金筋よく入り、僅かに棟を焼き、匂口沈みごころとなる。
帽子 直ぐに小丸に浅く返り、表は三品風を呈し、表裏共に先掃きかける。
彫物 表裏に棒樋を丸止にする。(さらい深い)
生ぶ、先剣形、鑢目勝手下がり、目釘穴1、指表鎺下棟寄りに葵紋をきり、その下「越」の字を目釘穴にかけてほぼ中央に、細鏨大振りの六字銘がある。
説明 初代康継は近江国坂田郡下坂郷の出身で下坂市左衛門と称し、のち越前に移住、結城秀康に抱えられた、初期には「肥後大掾下坂」と銘していたが、慶長10年から11年の間に江戸に召されて、家康・秀忠両将軍の前で鍛刀し、その賞として葵紋及び「康」の一字を賜って名を康継と改めた。 この刀は、板目に杢が交じって肌目が立ち、かな色に黒味をおびた鍛えに直刃調浅く湾れた刃を焼き、小互の目を交え、小足が頻りに入り、沸よくつき、金筋・砂流しかかり、匂口が沈みごころとなり、表の帽子は三品風を呈しているなど、初代康継の特色ある作域を発揮した一口で、出来が優れている。なお、本作は、その銘文から越前在国打と思われるものであるが、この手の銘文のものは同作中でも比較的少なく、また如何なる訳か「以南蛮鉄」の添銘を見ない。

重要刀剣 濃州関住兼定(之定)

商品名 重要刀剣 濃州関住兼定(之定)
濃州関住兼定(之定) 作者 濃州関住兼定
時代 室町時代後期 伝来  
指定 平成5年11月5日 鑑定書 第39回重要刀剣
価格  
刃長 68.5㎝ 反り 2.4㎝
元幅 3.0㎝ 元重  
先幅 1.8㎝ 鋒長 2.8㎝
茎長 16.0㎝ 茎反り 僅か
形状 鎬造、庵棟、身幅やや狭く、先反りつき、中鋒。
板目、処々流れて地沸つき、白け映り立つ。
刃文 互の目丁字・尖り刃・矢筈刃など交じり、足入り、匂口締りごころに匂出来となる。
帽子 乱れ込み、先小丸。
彫物  
生ぶ、先栗尻、鑢目鷹の羽、目釘穴一、指表棟寄りに長銘がある。
説明 兼元と並ぶ室町時代後期の美濃鍛冶の代表工が兼定である。兼定には「定」の字のウ冠の中を「之」に切るノサダと、「疋」に切るヒキサダとがあり、とくにノサダは技倆が高く、永正・大永年間に活躍している。兼元の三本杉と称せられる尖り刃主調の乱れ刃に対して、兼定は丸い互の目・のたれ・互の目丁字などを交じえた刃文を焼いて変化があり、鍛えがよく錬れてすぐれるのも特色である。こ刀は兼定の典型的且つ出色の作で、製作年期はないが、和泉守受領前の文亀頃の作と鑑せられる。

重要刀剣 刀無銘 伝 左(脇指)

 

商品名  重要刀剣 刀無銘 伝 左 (脇差)
無銘 作者
時代 南北朝時代前期 伝来  
指定 昭和40年3月10日 鑑定書 第13回重要刀剣
価格  
刃長 1尺6寸7分弱(53.3㎝) 反り 3分強(0.9㎝)
元幅 8分半(2.57㎝) 元重  
先幅 6分半(1.96㎝) 鋒長 1寸5分半(4.7㎝)
茎長 4寸3分(13.0㎝) 茎反り 僅か
形状 鎬造、三ッ棟、腰反り浅く、中鋒。
小板目肌つみ、地沸細かによくつき、地景交る。
刃文 湾れ調小乱れ、小互の目交り、小足入り、砂流しかかり、小沸よくつき、金筋入り、匂口冴える。
帽子 表裏乱れ込み、尖って返り、掃きかけ金筋かかる。
彫物  
大磨上、先深い栗尻、鑢目勝手下り、目釘穴一、無銘。
説明 この脇指は細身、小振りではあるが、地刃の出来が見事で、明るく冴え、大左の所伝は首肯すべきものがある。惜しむべきは短い。